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あなたは自分の個性を知っていますか? 同じ曲を弾いても、だれでも様々な面でその人の個性が出てしまうものです。 豪快性が得意な人、繊細さが売りな人、構築性が抜群な人、メロディーの歌い方がうまい人・・・ どれ一つとっても同じ演奏はあり得ない。そこがクラシック音楽の楽しい醍醐味なのです。 そのあなた自身の個性をこちらが見つけ、それをどんどん伸ばしながら、かつまずい点は指摘して修正しながら、あなただけの演奏に作り上げていきます。
あなたはベートーベン、モーツアルト、ショパンが使ったピアノを知っていますか? バッハが使っていた当時のチェンバロは、一音一音、非常に明瞭な音です。 現代のピアノでそれを再現しようと思うと、かなりタッチははっきりした弾き方で弾いた方が曲の再現に近くなります。 また,当然の事ながら、チェンバロは強弱はつきません。しかしだからといって現代でバッハを弾く時に強弱をつけなくても良いのかというわけではないと思います。 バッハの鍵盤曲をじっくり観察すると、チェンバロ曲ではあるけれども何となくこの曲は弦楽器、この曲は歌曲、この曲はオルガンかなと、様々な楽器で弾く事を想定していたのではないかと思わせる感じがあります。 それに合わせた表現が必要になるわけです。 また、ベートーベンが使っていたピアノは現代のピアノとは比べ物にならないぐらい、おもちゃの様なピアノです。鍵盤は軽いし、ペダルを踏んでも豪快な音は出ません。 ベートーベンはこれほどまでに貧弱なピアノで熱情や悲愴の様な、激しい曲を作曲したのかと思うと、恐らく彼の頭の中には、もっとレベルの高いピアノが欲しかったとさぞ思っていた事でしょう。(実際、後期のソナタは明らかに現代のピアノを予想していた様な部分がある) また月光ソナタの3楽章などはこのような異常に軽い鍵盤ですと、いとも簡単に弾く事ができるほどですが、一方、ワルトシュタインの3楽章は本当にペダルを踏みっぱなしで弾くと丁度よい響きになります。 ですから、現代のピアノでペダルを踏みっぱなしはできません。 また、モーツァルトが使っていたピアノ(ピアノフォルテ)はやはり、ペダルの効果は貧弱ですが、現代のピアノと違ったきらびやかな音です。まさしくモーツァルトらしい音とはこういう音・・・という音が出ます。現代のピアノで弾く時もそのあたりを考慮する必要があります。 しかし、想像以上に思ったほどの強弱がつきません。どちらかというとチェンバロといっても言い過ぎではないのです。 では、モーツアルトの曲はpfや、クレッシェンドを派手に付けなくても良いかというと、それはいけません。結果的にモーツアルトは、その当時の性能のピアノでは出来なかったけれども、頭の中にはこう弾きたいという願望はきっとあったに違いありません。 現代のピアノで当時の曲を弾くという事は、おおよそ曲の再現にはほど遠い事をやっています。 その結果、曲を弾く者は、はたして自分の演奏が作曲家の意志に反していないか、また、当時のピアノの事も考えているかの、判断が必要になります。
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ベートーベンが「田園」を作曲していた頃散歩していた小道 |
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